12月18日

 

 

 ドイツ・マックスプランク研究所のReinhard Genzel氏を中心とする研究チームは14日、VLT望遠鏡に搭載されたVLTI電波干渉計を用いた天の川銀河中心に存在する超巨大ブラックホール・いて座A*(いて座Aスター)の観測によって、これまで捉えられたブラックホール周りの星の姿を20倍ほど拡大した高解像度の姿を捉えることに成功したと発表した(図1)。ブラックホール周りの星の運動をこれまで以上に精度よく捉えることができたため、星の運動から推定されるブラックホール質量をより正確に見積もることができるようになった。今回の観測結果から推定される超巨大ブラックホール・いて座A*の質量は太陽質量の430万倍であるとしている。またかすかな光しか放たないがために、これまでに観測にかからなかった星(S300と名付けられた)も見つかった。今回の研究成果はブラックホール周りの重力場を決定づけること、一般相対性理論の正確性を検証することにつながるとしている。

 

 研究チームは天の川銀河中心に存在する超巨大ブラックホール・いて座A*の正確な質量を見積もること、またいて座A*が回転しているのか、ブラックホール周りの星々がアインシュタインの一般相対性理論に基づいて運動しているのかを確かめるために研究を行っている。Reinhard Genzel氏は2020年にいて座A*の研究でノーベル賞を受賞しているが、過去30年間のいて座A*の研究をさらに深めるべく、ESOのVLT望遠鏡に搭載されたVLTI(電波干渉計)を用いていて座A*周りの観測を行うこととした。VLTIはGRAVITY共同計画(口径8.2mであるVLT望遠鏡の全波長観測と電波干渉計を組み合わせたもの)と呼ばれる観測プログラムの中で開発されたが、天の川銀河中心領域をこれまでにない高解像度で捉えることが期待されていた。

 

 実際に研究チームは2021年の3月から7月にかけてVLTIを用いていて座A*まわりの観測を行った結果、かつてない精度(これまでの20倍拡大した高解像度の画像)で撮影することに成功した(図1)。これによってこれまでの撮影で見つからなかったS300と名付けられた新たな星が発見された。さらにブラックホールに最も近い星S29の軌道運動を捉えることにも成功した。S29はブラックホールから太陽-地球間距離の90倍離れた場所(約130億km)に位置しており、1秒間に8740kmという猛スピードで回転運動をしている。ブラックホールまわりの近い場所において猛スピードで軌道運動する星の観測例は他にない。一般相対性理論に基づいてS29の運動からブラックホールの質量を見積もった結果、いて座A*の質量が太陽質量の430万倍であることがわかった。

 

 Genzel氏は「地球に最も近い巨大ブラックホールでもあるいて座A*まわりの星の動きを見ることで、重力場がどのようになっているのかを正確に見積もることができるようになり、一般相対性理論が正しいのかを検証することが可能となった。またブラックホールの特性も決定づけられるようになった」とコメントしている。

 なおいて座A*まわりの新しい画像を得る際にはInformation Field Theoryと呼ばれる機械学習の方法が取り入れられた。これは天体の光がどのようにして見えるかをモデル化した上で、VLTIで観測したときにどのようにして見えるかをあらかじめ予測しておき、実際の観測結果と照らし合わせることで、正確な星の動きを捉えるというものである。

 

 GRAVITY共同計画は今後10年間でGRAVITY+と呼ばれるプログラムに名前を変えて、さらに精度の高いブラックホール周りの観測を目指すとしている。これによってかすかな光しか放たない星の更なる発見につながる。またブラックホールの回転による重力場の影響を受けた軌道運動を行う星の発見にもつなげたいとしている。このような星が見つかればブラックホールの回転がどのようなものかを検証することができるからである。共同研究者であるマックスプランク研究所の Frank Eisenhauer氏は「GRAVITY+と今後建設予定のELT望遠鏡を組み合わせることで、ブラックホールがどれくらい速く回転しているかを発見することができる」と今後の期待についてコメントしている。

 

 

図1 ( C )ESO/GRAVITY collaboration

VLTIによって撮影されたいて座A*まわりの星々の様子。左から今年の3/30、5/29、6/24、7/26に撮影された。中心にあるのがいて座A*であり、右上から左上にかけて放物線のような軌道運動をしている星S29の姿が映る。右下にはS300と名付けられたかすかな光しか放たない新たな星も発見された。