1月8日

 

 

 新潟大学研究推進機構超域学術院の下西隆研究准教授を中心とする研究チームは12月2日、アルマ望遠鏡を用いて天の川銀河の最外縁部であるオリオン座方向の星形成領域・WB89-789を観測した結果、これまで知られていなかった新たな原始星を発見するとともに、この原始星において、水や複雑な有機分子を含む化学的に豊かな分子ガスが付随していることを明らかにしたと発表した。天の川銀河の最外縁部は天の川銀河が作られ始めたころの原始的な環境を今に残していると考えられていることから、複雑な有機分子が宇宙史の比較的初期の段階から存在していた可能性を示唆している。今回の研究成果は、初期の天の川銀河の星形成や物質進化の様子を探る上で重要であるとしている。

 

 星や惑星は分子雲と呼ばれるガスや塵のかたまりの中で誕生することが知られている。通常、分子雲の大部分は極めて低温(マイナス260度以下)であるため、炭素・窒素・酸素などを含む分子の多くが氷の状態で存在している。しかし星が誕生し、周囲の物質が温め始められると、これらの氷が解けて、物質がガスの状態で放出されると考えられている。またこの過程において塵の表面やガス中での化学反応により、複雑な有機分子が生成される。星形成天体の雪解けともいえるこのような現象は、惑星系の材料物質の化学進化にも大きな影響を与える。

 

 原始星周囲の多様な有機分子を含むガス雲はホットコア(*注1)と呼ばれ、一酸化炭素や水のような単純な分子から、生命関連物質の材料となり得る複雑な有機分子まで、化学的に豊かで多様な分子が天文観測により検出されることが知られている。よって、これらの化学組成を調べることは、宇宙における星・惑星・生命の材料物質の多様性を理解する上で重要である。

 

 研究チームは太陽系が存在した46億年前、またはそれ以前の宇宙において、現在の太陽系に見られるような有機物に富んだ姿が普遍的であったのか、それとも特殊だったのか、また有機物に富んだ惑星系へと進化するための条件が何であったのかを問題として掲げ、これらの問題を解決すべく研究を行っている。今回観測対象となった天の川銀河最外縁部は、炭素や酸素、窒素といった重元素が太陽系近傍よりも少ないことが知られている。また天の川銀河の星形成の主要な場となっている銀河の腕(渦状腕)も最外縁部には見つかっていない。これらの特徴は、天の川銀河の形成初期に存在していた原始的な環境と共通しており、太陽系が誕生した46億年前、もしくはそれ以前の宇宙環境を再現している。したがって天の川銀河最外縁部の物質の環境を研究することが、研究チームの問題を解決するための手掛かりとなる。

 

 実際に研究チームはアルマ望遠鏡を用いて天の川銀河最外縁部にあるオリオン座方向の星形成領域WB89-789(天の川銀河中心から約6万2千後年離れている。天の川銀河最外縁部は天の川銀河中心から約6万5千光年)を観測した結果、生まれたばかりの星である原始星を発見することに成功した。さらに検出された分子輝線を解析した結果、この天体には水や複雑な有機分子などを含む非常に化学的に豊かな分子ガスが付随していることを明らかにした。検出された30種類以上の分子の中には、エタノール(C2H5OH、数字は下付き数字、以下同様)、ギ酸メチル(HCOOCH3)、ジメチルエーテル(CH3OCH3)、アセトアルデヒド(CH3CHO)などの星間空間では比較的大きな有機分子やアセトニトリル(CH3CN)やプロパンニトリル(C2H5CN)などの窒素を含む有機分子など、多種多様なものが含まれていた。天の川銀河最外縁部において、原始星やそれを取り囲む有機分子の雲が発見されたのは今回が初めてであるとしている。さらに今回発見された原始星の化学組成を、天の川銀河内側にある同様の天体のものと比較した結果、複雑な有機分子の存在割合が非常に類似していることが明らかになった。このことは、天の川銀河の最外縁部のように重元素量が少ない原始的な環境においても、複雑な有機分子が天の川銀河の内側と同じような効率で生成されることを示唆している。

 

 今回の研究成果について下西准教授は「私達の住む天の川銀河には、星・惑星形成や星間物質の研究が及んでいない未知の領域がまだまだたくさんあります。太陽系近傍とは大きく環境の異なる天の川銀河最外縁部のような原始的な領域で、今まさに星が生まれ、そしてそこでは化学的に豊かな物質進化が起きていることは驚きでした。複雑な有機分子が作られる環境は、宇宙史の比較的初期の段階から存在していた可能性があります。」とコメントしている。コメントの通り、今回の研究において天の川銀河最外縁部において化学的に豊かな原始星が発見されたが、このような原始星が他にも存在するかどうかはいまだ不明である。またどのような条件がそろえば、生命関連物質の材料ともなり得る複雑な有機分子に富んだガスをまとう原始星へと進化していくのかも未だよくわかっていない。今後アルマ望遠鏡などを用いた同様の天体の探査観測によって、銀河系の原始的な環境下における星形成、物質進化の詳細な様子が、より多くの天体について明らかになることが期待されている。

 

*注1 原始星の周りには、分子雲段階で生成された氷が溶けることで、暖かい分子ガスが大量に存在する領域が作られる、このような生まれたばかりの星をまゆのように包む暖かい分子の雲は、ホットコアと呼ばれている。暖かいといっても、マイナス150度前後からせいぜい室温程度である。星形成初期の分子雲の状態に比べれば十分に暖かいため、ホットという表現が使われる。

 

 

( C ) 新潟大学

今回発見された天の川銀河最外縁部における有機分子を含むガスをまとう原始星のイメージ図。