ダークマター欠乏銀河は高速度で運動するガス塊同士の衝突から生まれた

2月11日

 

 

 テキサス大学オースティン校のJoohyun Lee氏を中心とする研究グループは2021年8月2日、ENZOと呼ばれる流体シミュレーションコードを用いた1.25PC(パーセク)スケールの銀河同士の様々な条件(中心に集まった高密度の恒星から放たれる光による熱勾配圧力や銀河の密度)による衝突シミュレーションを行った結果、NGC1052-DF2(以下DF2)とNGC1052-DF4(以下DF4)と呼ばれるダークマター欠乏銀河(以下DMDGs)が、300km/sの高速度で運動するガス塊同士の衝突によって生まれたことが示唆されるとの研究結果を発表した。衝突シミュレーションではDMDGsの形成過程と、DMDGsから生まれた球状星団の形成過程を再現することができる。今回のシミュレーションでは、ガス塊同士が衝突することで衝撃圧縮が発生し、1億5000万年以内に太陽質量の100万倍の星団が複数形成されることを確認した。さらにそのうちのいくつかの星団は衝突から8億年以内に太陽質量の3億5000万倍の質量を持つ重力的に束縛された星団にまで成長し、速度分散がおよそ11.2km/sであることが判明した。今回の研究成果は球状星団の形成過程を詳細に知るうえで重要な研究成果である。

 

 DF2とDF4は最近矮小銀河として発見された銀河であり、地球から約6500万光年ほど離れたくじら座の方向にあるNGC 1052という巨大楕円銀河を中心とする銀河群に含まれる銀河である。これらの矮小銀河の中にはとても明るく輝く球状星団が存在することがわかっている。球状星団の明るさから質量を推定することができるが、この質量を基にした速度分散(平均速度からのずれ)の推定値に対して、観測された速度分散の値が小さいこともわかっている。星同士の力学的摩擦や他の天体からの潮汐力によってエネルギーを得た星が速く運動することで、速度分散の値は大きくなるが、DF2とDF4には速く運動する星がないということであり、ダークマター/恒星質量の比が通常の球状星団に比べて小さいということになる。また通常ダークマターが小さければ、集まってくる物質の量が減り、通常の球状星団に比べて光の弱い球状星団となるが、実視絶対等級を比べると、DF2とDF4が-9であり、通常の球状星団は-7.5であるため、通常の球状星団に比べて明るく輝くことがわかっている。これらのことからDF2とDF4ではダークマターが欠乏している割には光が明るい球状星団が生まれるということがわかるが、どのようにしてこのような球状星団が形成されるのかは大きな謎とされている。

 

 実は2019年にオックスフォード大学のJoseph Silk氏を中心とする研究グループによって高速で運動する銀河が衝突することによって、衝撃圧縮が起こり、ダークマターがバリオン(ダークマターを含まないガスや塵などの物質)と切り離されて、バリオンから明るく輝く球状星団が生まれるとの研究結果を発表していた。今回研究チームはそのことをシミュレーションで再現すべく、改良された流体シミュレーションコード・ENZOを用いて解析を行った。シミュレーションを行うにあたり、中心に集まった恒星から放たれる光による熱勾配を変化させたり、衝突するガス塊の金属量を変化させたりして様々なシミュレーションを行った。その結果図1のように時間経過に従ったガス、恒星、ダークマターの分布図を得ることに成功した。図1は恒星の熱圧力が10の51乗erg/150太陽質量、金属量が太陽と同じとしてガス塊同士の衝突をt=0として、タイムスケールを8億年に設定してシミュレーションを行った結果である。ガスが衝突してから5000万年(50Myr)後に衝撃圧縮が起き、DMDGsが生まれることがわかる。ガス塊が衝突してから5000万年から8億年までの間にDMDGsにおいて星形成が活発になり、最終的にはダークマターの重力ポテンシャルに頼らず、恒星の自己重力で大きく成長した球状星団の姿になる。ガス塊同士の衝突から1億5000万年経過したところで複数の星団が確認できるが、このうちのひとつは、太陽質量の3億5000万倍である。その一方で、ダークマターはガス塊の衝突と共に、ダークマター同士がすり抜けていくだけである。また太陽質量の3億5000万倍までに成長した星団内の星の視線速度をシミュレーションから見積もった結果、速度分散が11.2km/sであることがわかった。この値は観測値とほぼ同じ値であるが、星団の質量に対して、理論モデルよりも低い値であるとしている。

 

 今回のシミュレーションで、高速で運動するガス塊同士の衝突がDMDGsを生み出すことを示唆する研究成果が得られたが、研究チームはさらに、シミュレーションにおける粒子の解像度を上げて、星間物質に対する星団中心からの熱勾配圧力の影響を考慮に入れたシミュレーションを行い、DMDGsの形成過程の詳細を明らかにすることを目指すとしている。

 

Joohyun Lee氏の論文はこちらから。

 

 

 

図1 ( C ) Joohyun Lee et al.

ガス塊同士が衝突してダークマター欠乏銀河が形成され、球状星団に成長していく様子を示したもの。t=0がガス塊同士の衝突する時間であり、衝突前から衝突後8億年経過するまでのガス(上)、恒星(真ん中)、ダークマター(下)の密度分布図を示したものである。恒星とダークマターの図において黒いドットの円が示されているが、この中でDMDGsが形成される。