いて座A*の詳細な構造が明らかになった

2月26日

 

 

 スペインのアンダルシア天体物理研究所に所属するチョウ・イルジェ氏が率いる国際研究チーム22日、東アジアVLBI観測網による波長1.3センチと7ミリ帯の電波観測データから、天の川銀河の中心にひそむ巨大ブラックホール「いて座A∗ (エースター)」の詳しい構造を明らかにしたと発表した。観測で得られた放射領域の大きさ(図1)から、いて座A∗の巨大ブラックホールに降着するガス流の中に極めて高いエネルギーに加速された非熱的電子(注1) が含まれていることを、そして放射領域のほぼ円形な形状は、降着円盤の回転軸(もしくは微弱なジェットの噴出方向)がほぼ地球方向に向いている可能性を示唆しているとしている。2019年にEHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)プロジェクトによっておとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心にある巨大ブラックホールシャドウの画像が得られたことが大きな話題となったが、今回の研究成果はEHTプロジェクトによる観測データから、いて座A*のブラックホールシャドウの画像を得るための大きな手助けとなるとしている。

 

 天の川銀河の中心にある電波源「いて座A∗」は、周辺の星々の運動の様子からコンパクトで大質量な天体が存在していることが発見され、2020年のノーベル物理学賞受賞につながった天体である。このコンパクトな天体は、太陽の約400万倍の質量をもつ巨大ブラックホールと考えられている。いて座A∗は地球から2万6千光年の距離にある最も近い巨大ブラックホールであり、その性質を調べるのに最も適した天体として注目されている。しかし、いて座A∗の観測には、銀河系内に存在する星間ガスによる散乱によって天体の電波画像がぼやけてしまう問題が知られていた。

 

 今回研究チームはいて座A*の詳細な構造を捉えるべく、過去の観測データに基づく星間散乱モデルを考慮し、東アジアVLBI観測網(EAVN)によるいて座A∗の電波観測画像を注意深く補正することで、いて座A∗の本来の構造を求めることとした。その結果、その固有形状は、波長1.3cm帯と7mm帯でともにほぼ円形であることがわかった(図1)。「星間散乱の影響を補正する前のいて座A∗の形状は、東西方向により細長くなっています。今回の東アジアVLBI観測網による観測で、この形状の伸びのほとんどが星間散乱の影響によるものであることが明らかになりました。」とチョウ・イルジェ氏はコメントしている。また東京大学宇宙線研究所の川島朋尚氏は「観測で得られたいて座A∗の固有サイズと降着円盤の理論シミュレーションと比較すると、巨大ブラックホールへのガス降着流には非熱的電子が含まれていることが示唆されます。ほぼ円形の形状からは、ガス降着流の回転軸がほぼこちらに向いていると考えられます。」とコメントしている。

 

 東アジアVLBI観測網は、日本11台、韓国4台、中国6台の計21台の電波望遠鏡から構成されている。今回の研究の基となる観測データは2017年4月に、そのうちの10台を波長1.3cm (22GHz)帯で観測し、8台を波長7mm (43GHz)帯で観測した結果である。今回研究チームはこれらの観測データと、オランダのラドバウド大学のサラ・イッサオウン氏らによる3mm帯での観測データを組み合わせて、いて座A∗固有の大きさ・明るさと観測波長との関係を明らかにした。時間差2日以内というほぼ同時期のVLBI観測データでこの関係を得たのは初めてのことであるとしている。より短い波長でも同じ関係があると仮定すると、波長1.3mm帯におけるいて座A∗の大きさと明るさを予測することもできる。「東アジアVLBI観測網の観測結果は、いて座A∗のブラックホールシャドウの初撮影を目指すEHT2017のデータ解析に大きく貢献するものです。」とアンダルシア天体物理研究所のジャオ・ガンヤオ氏はコメントしている。

 

 今回の研究でいて座A∗の詳細な構造が明らかとなったが、電波放射がガス降着流とジェットのどちらから来ているのかについては、未だ解決に至っていない。今回の研究によって降着流シナリオについての理解が進展したが、ジェットシナリオでも観測結果を説明することが可能であるとしている。「シナリオを絞り込むためには、東アジアVLBI観測網の2周波数同時受信機による今後の観測が鍵のひとつとなるでしょう。」と研究チームの一人である工学院大学の紀基樹氏はコメントしている。

 

 またEHTコラボレーションの多波長観測ワーキンググループのコーディネーターを務める国立天文台水沢VLBI観測所の秦和弘氏は、「本研究成果は波長1.3mm帯でブラックホール撮影を目指すEHTにとっても大きな弾みとなる成果です。EHTによるいて座A∗の観測成果も楽しみに待っていてほしい。」と今後の期待についてコメントしている。

 

*注1  非熱的電子は、何らかの方法によって通常の熱運動をしている電子よりも高いエネルギーにまで加速された電子の集まりである。

 

 

 

図1 ( C ) (左図)MeerKAT/SARAO; (右図)IAA-CSIC/国立天文台

左:天の川銀河の中心方向の様子。右:東アジアVLBI観測網によって得られたいて座A∗の構造(上側が波長1.3cm帯、下側が波長7mm帯による画像)。各波長とも、左側の画像が星間散乱によってぼやけた「生の」観測画像であり、右側の画像が散乱の影響を除去して復元されたいて座A∗の本来の構造。画像上の横線の長さ「1mas」は約0.0001光年に相当する。