ぼうえんきょう座方向にあるHR6819には実はブラックホールがないかもしれない

3月5日

 

 

 ベルギー・ルーヴェン大学のポスト・ドクターであるJulia Bodensteiner氏を中心とする研究グループは2日、ESOのMPG2.2m望遠鏡の観測データを用いて、ぼうえんきょう座方向約1000光年先にあるHR6819恒星系システムを解析した結果、HR6819が公転周期が40日である連星系を成しており、ブラックホールが存在しないとの見解を発表した。もしこの連星系が過去に1つの星が星形成過程の初期段階で大部分の質量を失って、連星系に分かれた場合に今回の見解が成立するとしている。2020年にESOの天文学者であるThomas Rivinius氏を中心とする研究グループは、今回の観測データと同じデータを用いて、HR6819がブラックホールとそのまわりを40日の公転周期でまわる恒星、その周期よりももっと大きい周期で回る恒星で構成される3重連星であることを発表していた(2020年5月9日:観測史上太陽系に一番近いブラックホールを発見)が、この研究内容とは異なることとなる。研究チームの一人であるルーヴェン大学のAbigail Frost氏は、「観測データからHR6819が連星系をなしているという、一つの制限をかけることに成功したが、2つの異なる研究成果のどちらが正しいかを決めるために他の望遠鏡による観測データが必要である」とコメントしている。

 

 今回研究チームはMPG2.2m望遠鏡の観測データを用いてHR6819を解析した結果、HR6819に2つの光源があることを確認した。HR6819の恒星システムに関する2つの研究成果のどちらが正しいのかを判定する上でポイントになるのは、この恒星系がブラックホールを含まない連星系であるか、もしくはブラックホールを含む3重連星系であるかということである。これを解明するためには、2つの光源がお互いにとても近い距離でまわっているのか、もしくは一つのブラックホールまわりを2つの光源がまわっているのかを判断することであるとしている。MPG2.2m望遠鏡の観測データを解析した結果、HR6819は、公転周期が40日である連星系を成しているという結論に至った。観測データから近接連星系の形成過程でよくみられる、1つの星が一時的に伴星の大気を吸収している兆候、いわゆる恒星の吸血鬼現象(stellar vampirism)が見られたため、今回観測した2つの光源が連星系であると判断した。Frost氏は「この一時的な兆候を捉えることはとても難しい。HR6819が大質量星の進化過程で起こる吸血鬼現象の影響を研究する上でとても良い天体となることがわかった。またこの大質量星の進化過程が、重力波や、スーパーノヴァ爆発現象の解明にもつながる。」とコメントしている。

 

 HR6819の恒星系システムの詳細を明らかにするために、ESOの天文学者とルーヴェン大学の学生を加えた新たな研究チームが、ESOのVLT望遠鏡に搭載されたMUSE(超広視野面分光装置)とVLTI電波干渉計に搭載されたGRAVITY(わずかな光も捉える電波干渉計)による観測を続けていくとしている。また目には見えない恒星質量ブラックホールが天の川銀河に1000万個から1億個ほど存在していると考えられているため、恒星質量ブラックホールの発見も目指すとしている。

 

 

 

( C ) ESO/L. Calçada

HR6819のイメージ図。今回の研究成果でHR6819はブラックホールを含まない連星系であることが判明した。イメージ図では中心に吸血鬼となる恒星、右上に吸血鬼によって大気を吸い取られた恒星を示している。この2つの星は公転周期40日という短い時間でお互いの共通重心を回る連星系を成している。