星発見の最遠方記録を更新~重力レンズ効果を用いた観測成果~

4月3日

 

 

 ジョンズ・ホプキンズ大学(アメリカメリーランド州ボルチモア)の天文学者であるBrian Welch氏を中心とする国際研究グループは3月30日、ハッブル宇宙望遠鏡による観測データを基にした重力レンズ効果を用いた星・銀河団・星団の探索プログラム Hubble’s RELICSにおいて、これまでで最も地球から遠い星を発見することに成功したと発表した。今回見つかった星はくじら座方向にある129億歳の星であり、赤方偏移(*注1)は6.2。このような遠い場所においては、銀河団や星団のような天体しか発見されていなかった。重力レンズ効果は遠くの宇宙からきたかすかな星の光が増光されたり、光の像が分かれたりする現象のことであるが、この効果を用いることでわずかな光しか出さない星の発見につながった。このような銀河団でも星団でもない星の特徴を捉えることで、宇宙誕生後間もない環境において、星がどのようにして誕生したのかを探ることが可能となる。しかしこの星が連星であるかどうかの確証はまだ得られていない。今後運用開始が予定されるジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によって今回発見された星のより多くの情報がもたらされることが期待される。

 

 これまでに検知された星の最遠方記録は2018年にハッブル宇宙望遠鏡によって観測された星であり、宇宙が誕生してから40億年経過後(赤方偏移1.5)のものであった。

 

 通常赤方偏移6.2のような遠い宇宙から来た光は、銀河団から放たれた光である場合が多く、銀河団といいつつも、にじんだ一つの像にしか見えない。しかしこのような像は重力レンズ効果によって増光され、我々の元に明確な光をもたらしてくれる場合がある。重力レンズは、天体と我々観測者の間にある強い重力を持つ天体のことであり、重力レンズ天体まわりの空間のさざ波によって、光が曲げられたり、増光する効果をもたらす。重力レンズ効果は例えば、プールの表面のさざ波が、天井から降り注ぐ光を増光させて、プールの床を明るく光り輝かせる現象に似たものである。

 

 今回研究チームはハッブル宇宙望遠鏡のデータを解析して、くじら座方向にある銀河団の星々が重力レンズ効果によって三日月状に並んだ複数の天体を発見することに成功した(図1)。重力レンズ天体はWHL0137-08銀河団であるとしている。Brian氏がこれらの三日月状に並んだ天体の特徴を調べたところ、このうちの一つが、重力レンズ効果によって増光された星であることを見出すことに成功した。なおこの星は古英語の”moroning star(明けの明星)”を意味する”Earendel”と名付けられた。また研究チームはEarendelが太陽質量の少なくとも50倍以上であり、数百万倍以上の明るさを持つと見積もった。このような星の光は通常目には届かないが、重力レンズ天体であるWHL0137-08の増光効果によって地球の観測者に届くこととなった。Brian氏は、「最初この星が見つかったときは全然信じられなかった。これまで見つかっていた星の最遠方記録を大きく更新することになるからである。」とコメントしている。またEarendelが古くからある星ということで、地球から近い星とは同じような構成(水素、ヘリウム)をしていない可能性もあり、今後この星がどのような特徴を持つかを調査することもとても重要なことであるとしている。スウェーデン・ウプサラ大学のErik Zackrisson氏は、「これまで考えられてきた理論では、宇宙初期の星は低金属量である種族Ⅲの星として分類されているが、もしかしたらもっと金属量の多い星である可能性もある。」とコメントしている。

 

 研究チームの一人であるスペイン・カンタブリア大学物理学研究所のJose Maria Diego氏は、「今回最遠方の星が見つかったが、この星が連星であるかどうかはまだ確定していない。ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が、Earendelが単独の一つの星であるかどうかを決めるとともに、その年齢、温度、質量、半径の情報をもたらしてくれることが期待される。またハッブル宇宙望遠鏡とジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測データを組み合わせて、宇宙の原始的なブラックホールを持つともいわれる重力レンズ天体である銀河団の特徴についても研究することができる。」と今後の期待についてコメントしている。また今後Earendelの化学組成を把握することで、宇宙初期における金属量の多い環境でどのような星が誕生したのかを研究することにもつながる。

 

*注1 一般に天体の発する光の波長が伸びて観測されることを、赤い側にずれるという意味で赤方偏移という。光の波長が伸びる要因は3つあるが、今回の場合は宇宙論的赤方偏移を表し、遠方の天体の距離を表す。宇宙論的赤方偏移がzのとき、光の波長は(1+z)倍となる。たとえば赤方偏移が1であれば、光が天体を出てわれわれに届くまでに波長が1+1 = 2倍伸びている。標準的な宇宙モデルによると、赤方偏移が1の天体から出た光は、約75億年間飛んでわれわれに達するため、距離は約75億光年となる。

 

 

図1 ( C ) NASA, ESA, B. Welch (JHU), D. Coe (STScI), A. Pagan (STScI)  

ハッブル宇宙望遠鏡によって捉えられた"Earendel"(矢印で示した赤いドット)。今回は重力レンズ効果を用いて、宇宙が誕生してから10億年に満たない時間における星が発見されたこととなる。Earendelを観測対象として、今後のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡によるEarendelの観測によって、宇宙初期において金属量が豊富な段階において星がどのように形成されたか、また星がどのような化学組成を持つかの情報がもたらされることが期待される。