炭素質隕石から生命遺伝情報の基となる主要な核酸塩基を検出

5月7日

 

 

 北海道大学低温科学研究所の大場康弘准教授を中心とする研究グループは4月27日、独自の超高感度・超高分解能の分子レベル核酸塩基分析手法を基にして、最古の太陽系物質である3種の炭素質隕石を分析した結果、全ての生物のDNA・RNAに含まれる核酸塩基5種(ウラシル、シトシン、チミン、アデニン、グアニン)すべての同時検出に世界で初めて成功したと発表した。またこれらの核酸塩基の種類や存在量の分析により、少なくともその一部は太陽系形成前の星間分子雲で生成された可能性があることがわかった。これらのことから、生命誕生前に多様な核酸塩基類が地球上に供給されていたことが強く示唆されるとしている。また今回の研究成果は始原的な分子進化における最初の遺伝機能発現の過程を読み解くうえで重要な手掛かりになるとしている。

 

 地球上で最初にいつ、どのようにして生命が誕生したのかは科学における究極の謎であるが、研究者の間では、炭素質隕石や彗星などにより40億年ほど前の地球上に供給された有機化合物がその材料となったという説が提唱されている。それらの地球外物質にはアミノ酸(タンパク質の構成成分)など生命を構成する有機化合物が含まれていることが知られており、地球上での生命の起源に関する有力な説の一つとして広く知られていた。また、これまでに生命の遺伝情報を担う核酸(DNA,RNA)の構成成分の一つである核酸塩基も炭素質隕石から検出されている。しかし同種の隕石から核酸の二重らせん構造形成に不可欠なアデニン(A)やチミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)などの塩基対(窒素複素環化合物(*注1)の一種)(図1)が検出された例はなかった。そのため,地球上での生命誕生前の遺伝物質生成に対する地球外物質の寄与については懐疑的であった。その一方で、地球外環境で種々の核酸塩基が生成可能だということが本研究グループを含む先行研究(例えば、Nature Communications, 10, Article number: 4413, 2019)で明らかにされており、なぜ炭素質隕石から核酸塩基の検出例が少ないのか、非常に興味がもたれていた。

 

 研究チームは炭素質隕石から生命の遺伝情報となる核酸塩基を検出すべく、独自に開発した超高感度・超高分解能の分子レベル核酸塩基分析法を駆使して、炭素質隕石中に存在する核酸塩基(プリン・ピリミジン塩基およびそれらの構造異性体)や窒素複素環分子群の精密な化学分析を行うこととした。分析対象は3種の炭素質隕石(マーチソン隕石(*注2)・タギッシュレイク隕石(*注3)・マレー隕石(*注4):いずれもアミノ酸など有機化合物を豊富に含む)として、それぞれの隕石から核酸塩基を抽出・精製し、分子レベルの分離と検出を最適化したオンラインシステムの高速液体クロマトグラフィー/電子スプレーイオン化/超高分解能質量分析法を用いて、存在する分子種の多様性や存在量を精密に分析することとした。また5員環および6員環の環状分子内に窒素を含む複素環分子群を併せて解析することとした。研究グループが開発した分析法では、サンプルに含まれる1ピコグラムオーダー(1ピコグラム=1兆分の1グラム、物質量換算でフェムト(1000兆分の1)モルオーダー)の核酸塩基を検出・同定し、定量的な濃度の評価が可能である。実際に分析を行った結果、全ての炭素質隕石から核酸塩基が検出され、その濃度は最大で隕石1グラム当たり72ナノグラム(1ナノグラム=10億分の1グラム)であることがわかった。3種の隕石の中ではとくにマーチソン隕石が核酸塩基の種類・量ともに豊富であり、これまでに未検出の10種を含む18種類を検出した。さらに核酸塩基以外の窒素複素環化合物も20種類同定され、その大半が本研究で初めて隕石中から検出されたものであるとしている。隕石中の核酸塩基類の分布は太陽系形成前の星間分子雲で生成される核酸塩基類の分布と共通点が多く、少なくともその一部は太陽系形成前の光化学反応で生成されたと研究チームは推測した。さらにDNA/RNAに特徴的な「二重らせん構造」形成に不可欠な塩基対(アデニン-チミン、グアニン-シトシンなど(図1))が炭素質隕石から世界で初めて検出された。また、近年発見された新しい塩基種であるZ(ゼット)塩基の基本構成であるジアミノプリンの存在を確定し、定量的な評価にも成功した。これらの分析結果は、生命誕生前の地球上でも普遍的に地球外からDNA/RNA形成に不可欠な成分が供給されていたことを強く示唆し、同時に地球上での初生的な遺伝機能発現への寄与を期待させるものであるとしている。

 

 研究チームは今後、炭素隕石中の核酸塩基が純然な物質進化の過程にあった初期地球に供給された後、どのようなプロセスを経験するのか、そして核酸形成の材料となりうるのかを明らかにしていくことを目標としている。これを明らかにすることで地球外物質による有機化合物の供給と生命の起源に関する仮説の検証にもつながるとしている。さらに隕石中の核酸塩基の生成メカニズムを検証していくことが、地球外環境から地球上での生命誕生に至るまでの分子進化の全容解明に近づくことになる。また本研究で確立された核酸塩基の超高感度分析法は、2020年末に地球に帰還した炭素質小惑星リュウグウサンプルの詳細分析や、米国主導の小惑星サンプルリターン計画「OSIRIS-REx」で2023年に地球に帰還予定の小惑星ベヌー(Bennu)サンプルにも適用可能である。それら2つの太陽系天体の直接的な現場検証を通して、地球や海が誕生する前の有機的な物質進化の理解が飛躍的に前進することが期待される。

 

*注1 核酸塩基のように窒素原子が環状化合物の基本骨格の一部を構成する有機化合物のこと。

 

*注2 1969年9月28日にオーストラリア・ヴィクトリア州マーチソン付近に落下した隕石。中には75億年前の星が爆発することによって生成された「プレソーラー粒子」が含まれる。

 

*注3 2000年にカナダに落下した新しいタイプの隕石。隕石中の細粒部分はほとんど層状珪酸塩でできていることがわかっている。

 

*注4 1950年9月20日にアメリカ・ケンタッキー州カロウェイに落下した隕石。

 

 

図1

主な核酸塩基の構造と遺伝子の二重らせん構造で見られる代表的な塩基対。点線は核酸塩基間の水素結合を示す。

 

 

図2 ( C ) 東京大学

マーチソン隕石。今回の研究で主要な核酸塩基とこれまでに未検出の10種類を含む18種類の核酸塩基が含まれていることがわかった。