白色矮星をとりまく高温ガスの姿が他波長観測により明らかに

5月28日

 

 

 

図1 ( C ) 東京大学木曽観測所

矮新星SS Cygの想像図。SS Cygは中心の白色矮星、周りをとりまく降着円盤、円盤にガスを供給する伴星からなる。中心近傍の高温ガスからX線、降着円盤と伴星から可視光が放射されている。今回の研究で円盤と伴星は高温ガスから放射されたX線に加熱され、可視光を再放射することがわかった。 

 

 東京大学大学院理学系研究科の西野耀平大学院生、酒向重行准教授、理化学研究所の木邑真理子基礎科学特別研究員を中心とする研究グループは18日、東京大学木曽シュミット望遠鏡に搭載された可視光動画カメラTomo-e Gozenと国際宇宙ステーションに搭載された米国NASAのX線望遠鏡NICER(ナイサー)を用いて、代表的な矮新星(白色矮星と通常の恒星からなる近接連星系(図1))として知られるSS Cygを観測した結果、SS Cygの可視光とX線の明るさの時間変動に高い相関関係があることを発見したと発表した。X線の量が高い状態に変化した1~2秒後に、可視光の量が高い状態なることが判明し、このことは矮新星中心付近の高温ガス(プラズマ)から放出されるX線が、周囲の降着円盤や伴星を広く照らして、可視光の再放射を起こすことを示唆している。過去のSS Cygの観測では可視光とX線の明るさの変動の相関は高くなかった。そのため今回の発見は、SS Cygの高温ガスの分布が最近になって幾何学的に厚く拡大したため、周囲の降着円盤や伴星を広く照らせるようになったと研究チームは推測している。

 

 原始星、X線連星、矮新星、活動銀河核など、宇宙には降着円盤を持つ天体が多数存在する。降着円盤は中心星へガスが落下する際、重力と遠心力が釣り合うことで形成される。円盤の大きさは天体によって異なるが、共通の物理メカニズムが働いていると考えられている。ガスは中心星への降着の過程で力学的摩擦により回転速度を失い、その摩擦熱が放射エネルギーに変換されることで、電磁波(光)を放射する。特に中心星が白色矮星や中性子星、ブラックホールなどのコンパクトで重い天体の場合は、中心星の付近でガスは約1000万度の高温プラズマ状態となり、X線を放射する。一方、円盤の外側は約3000度であり、可視光を含むより長い波長の光を放出する。

 

 今回観測対象となった矮新星は白色矮星と通常の恒星(伴星)からなる近接連星系で、白色矮星の周囲に降着円盤を持つ(図1)。本研究の観測対象であるSS Cyg(はくちょう座SS星)は代表的な矮新星して知られており、一か月程度の周期で増光期と静穏期を繰り返す。SS CygはX線から可視光まで幅広い波長帯域で明るく輝き、天文学者だけではなくアマチュア天文家も観測に参加しており、可視光では100年以上もの間観測され続けている。矮新星における伴星から中心星への降着は突発的に起こるため、円盤から来る光の量は時間変化するが、このような突発的な現象を捉えることは観測的に困難であり、これまでに突発的な降着が起こるメカニズムはよく分かっていなかった。宇宙における激しい突発的増光現象を統一的に理解するためには、円盤から来る光の時間変動を観測することで、「どのようにして円盤のガスが中心星に落ち込むか」を明らかにすることが課題となっている。このような円盤全体の物理現象を理解するためには、多波長同時観測が必要不可欠である。

 

 このような観測的課題を抱えている中、2019年8月以降、一年以上にもわたり静穏期の明るさが可視光で2.5倍、X線で10倍高い状態が続いた。このような状態はSS Cygの長い観測の歴史の中で初めてのことであった。この増光により高いS/N(シグナル/ノイズ)比が期待できることから、研究チームは降着円盤天体について新たな知見が得られると考え、東京大学木曽観測所105cmシュミット望遠鏡に搭載された高速動画カメラTomo-e Gozenと、国際宇宙ステーション上に搭載された米国NASAのX線望遠鏡衛星のNICERを組み合わせた高速同時観測を2020年9月から11月にかけて実施した。

 

 観測の結果、矮新星から放出されるX線と可視光の明るさの変動に高い相関関係があることが判明した(図2)。Tomo-e GozenとNICERには秒スケールの高速観測という共通の特長があり、2020年9月14日に取得した約500秒の光度曲線では、赤が可視光(Tomo-e Gozen)、青がX線(NICER)を表しており、変動が同期していることが明確にわかる。このような光の変動に関する高い相関が矮新星SS Cygにおいて検出されたのは本研究が初めてである。また図2における「急激な光度の変動」(以下、ショットと呼ぶ)が見られる領域を抜き出し、可視光とX線の間の遅延時間を測定した結果を図3で示している。横軸が可視光のX線に対する遅延、縦軸はショットの相関度合い(類似度)を示しているが、相関の高いショットのほとんどが正の遅延を示しており、これは可視光がX線に対して遅れて変動していることを表している。また、遅延の長さは1~2秒付近に集中していることがわかる。またX線に対する可視光の変動の遅延は、SS Cygの中心(白色矮星の位置)から降着円盤の外縁まで光が伝播する時間とおおよそ一致していることが判明した。これらのことから研究チームは、中心付近の高温ガスから放射されたX線が降着円盤および伴星の表面を照射・加熱し、それに伴う可視光の再放射の効果が卓越していると推測した。過去のSS Cygの観測では今回のようなX線と可視光の明るさの変動の高い相関は検出されていなかった。そのため今回のX線と可視光の明るさの変動の高い相関の発見は、何らかの原因でSS Cygの高温ガスの分布が最近になって幾何学的に厚く拡大したため、周囲の降着円盤や伴星を広く照らせるようになったことを示している。

 

 本研究で用いたX線と可視光の高速同時観測という新しい手法は、矮新星だけでなく降着円盤天体の幾何学構造、および光度変動の起源とメカニズムの解明に広く波及することが期待される。研究チームは今後はX線と可視光の2バンドだけでなく、更に多波長に拡張して高速同時観測を行うことで矮新星の降着円盤のより詳細な構造の解明につなげていく計画であるとしている。

 

 

図2 ( C ) 東京大学

矮新星SS Cygの可視光とX線の明るさの時間変動の観測結果。

 

 

図3 ( C ) 東京大学

矮新星SS Cygの可視光とX線の明るさの時間変動の相関関係。可視光の時間変化が、X線の時間変化に対して約1秒遅れていることがわかる。