オリオン大星雲内の星団形成現場における電離領域はどのようにして作られたか

6月11日

 

 

 東京大学大学院理学系研究科の藤井通子准教授を中心とする研究グループは8日、星間ガスがつくる重力場中の星の運動を高速で計算することができる独自に開発したシミュレーションコード「ASURA+BRIDGE」を用いて、オリオン大星雲内における星団形成現場の物理的性質を解明することに成功したと発表した。星同士の重力相互作用によって大質量星が星団の中心から外縁部へと弾き出される時に、星団中心部分に集まる密度の高い分子雲の一方(観測者から見て手前側)に穴を開け、星団の中心から一方向に広がる電離領域が作られるとしている(図1)。電離領域が広がっている箇所では星形成が止まるが、分子雲の奥側では分子ガスが比較的多く、星形成活動が現在でも行われていることを示唆している。この研究結果は人工衛星Gaiaの観測データとも一致していることが確認された。今後はこの新規開発コードを用いたより大規模なシミュレーションを行い、未だ形成過程の解明されていない大質量星団の形成過程を明らかにしていくことが期待されるとしている。

 

 星は分子雲という低温で高密度の主に水素分子からなる星間ガスの中で生まれるが、多数の星が近くで同時に生まれると、星団と呼ばれる星の集まりとなる。星団は大質量星(太陽の約8倍以上重い星)を含むことが多く、大質量星が生まれる場所として注目されている。自らの重力によってガスが落ち込んでくるような巨大分子雲で星団や大質量星が生まれ、大質量星はやがて星の原料となる分子ガスを電離し、吹き飛ばし、星形成を終わらせると考えられている。地球から近いということもあり、分子雲の研究対象として注目を集めているオリオン大星雲では、このような過程が今まさに起こっている現場であると予測されている。またオリオン大星雲は、その内部の偏光観測による磁場構造も調べられており、磁場による星形成への影響なども盛んに研究が行われている。

 

 オリオン大星雲は複数の大質量星を含む星団を持ち、私たちから見て星団の奥側にはまだ分子雲が残って星形成を続けているものの、手前側は大質量星によって電離された電離領域が広がっている。これまで、オリオン大星雲では、星団の中心にある最も重い星θ1 Ori Cが手前側の大きな電離領域を作っていると考えられていた。一方、近年の分子雲に埋もれた星団をモデル化した数値シミュレーションによる研究で、星団中心では分子ガスの密度が高く、大質量星が生まれてもすぐには大きく広がる電離領域を作れないが、大質量星の星団内での運動を正しく取り入れると、オリオン大星雲で見られるような、星団の外側に大きく広がる電離領域を作る可能性があることがわかってきていた。

 

 しかし分子雲の中で星が徐々に作られていく星団形成シミュレーションで、このような過程が検証されたことはなかった。これまでの星団形成シミュレーションでは、星の軌道の計算において、近接遭遇した星の間に働く重力を実際より弱めて計算することで、計算コストを抑える手法が用いられてきた。このようなシミュレーションでは、中心からの星の弾き出しの様子を捉えることができなかった。

 

 研究チームはオリオン大星雲内における星団形成過程の詳細を明かすべく、新しい星団形成シミュレーションコード「ASURA+BRIDGE」を開発した。このコードでは、星間ガスと星を一定時間の間分けて、異なる積分法で積分することによって、星間ガスが作る重力場の中での星の運動を、近接遭遇時に重力を弱める仮定を使わず高速に計算できるようになる。実際に「ASURA+BRIDGE」を用いた星団形成シミュレーションで形成された星団と、人工衛星Gaiaデータによるオリオン大星雲の中心部にある星団の星の空間分布、速度分布を比較した結果、オリオン大星雲にある大質量星の速度分布は、星団形成シミュレーションで示されたような、星団中心から弾き出された星と同じ分布をしていることがわかった(図2)。これは、大質量星は星団の中心部、つまり、星の材料となる低温・高密度の分子ガスが多く存在する場所で生まれ、星同士の重力相互作用によって中心部から弾き出されているということを示している。実際にオリオン大星雲では中心から少し離れた場所に大質量星が存在しており、Gaiaデータとシミュレーションの結果から、θ2 Ori Aという星は、50万年程前に星団中心から弾き出され、今は、星団中心に戻っていく途中であることがわかった(図1b)。また、NU Ori(図1a上部)も星団中心部から弾き出された星とみられる運動をしていることも判明した。このような星団中心から弾き出された星は、星団外縁部の分子ガスを電離し、星団を中心としない電離領域の形成に寄与するとしている。

 

 本研究で開発されたシミュレーションコード「ASURA+BRIDGE」は、より大規模なシミュレーションにも対応しており、オリオン大星雲の10倍、100倍の星を含む大質量星団の形成シミュレーションも可能である。したがって今後は、より大規模なシミュレーションを行い、大質量星団や銀河の形成過程と、その中で大質量星の果たす役割を明らかにしていくことが期待されるとしている。

 

 

 

図1a(上),b(下) ( C ) NASA, ESA, M. Robberto (Space Telescope Science Institute/ESA) and the Hubble Space Telescope Orion Treasury Project Teamを改変

a)オリオン大星雲。θ1 Ori Cはオリオン大星雲で最も大質量で明るい星であり、星団の中心部に存在する。NU Oriとθ2 Ori Aも大質量星であり、重力相互作用によって星団中心から弾き出された星であると考えられる。黄色で囲われた赤~ピンクの部分は高温の電離水素で満たされた電離領域である。一方、星団の左上の黒っぽい部分は、低温の水素分子ガスが集まっている領域(分子雲)である。分子雲の中では、新しい星が生まれつつある。
b)オリオン大星雲の構造の模式図(左:上図のように正面から見た図、右:断面の予想図)。観測者から見て星団の奥側に分子雲があり、手前側に電離領域が広がっている。θ2 Ori Aは星団手前の電離領域の中、NU Oriは星団より奥の分子雲の中に半分埋もれている。

 

 

図2 ( C ) 東京大学

星団から5pc (約16光年)以内にあり、太陽の約2倍以上の質量を持つ星の速度分布。星の速度は、星団の重力に束縛されないために必要な速度を1としている。赤破線はシミュレーションで形成された星団、青線はオリオン大星雲内の星団。灰色の領域は観測された速度分布の不確かさの範囲を示す(ブートストラップ法という統計手法を用いて推定)。速度が1より大きい星は、星団中心から弾き出された可能性の高い星、1より小さい星は星団に重力的に束縛されている星である。