いて・りゅうこつ腕で浮遊する恒星質量ブラックホールを発見

6月18日

 

 

 ESA(欧州宇宙機関)は6月10日、2つの国際研究チームがハッブル宇宙望遠鏡のデータを解析した結果、いて・りゅうこつ腕(Carina-Sagittarius spiral arm)と呼ばれる星形成領域において伴星を持たない浮遊するブラックホール(地球からおよそ5000光年離れた場所)を発見するとともに、そのブラックホールの質量を特定することに成功したと発表した。背景にある星と観測者の間に強い重力があると、その重力によって背景にある星の光が曲げられるとともに、増光現象を示す重力マイクロレンズ効果(図1)が表れる。この重力マイクロレンズ効果を捉えることによってブラックホール発見に至った。2つのチームでブラックホール質量に異なる見解を示しており、Kailash Sahu(宇宙望遠鏡科学研究所・アメリカのメリーランド州・バルチモア)氏を中心とする研究チームは太陽質量のおよそ7倍、Casey Lam氏(カリフォルニア大学)を中心とする研究チームは1.6~4.4倍であるという見解を示しているが、いずれにせよ恒星質量ブラックホール(太陽質量の10倍程度以下)に分類される。

 

 天の川銀河中で浮遊するブラックホールはとても珍しい天体であり、天の川銀河のおよそ1/1000くらいの膨大な量の星から生まれ、最低でも太陽質量の20倍ほどになると考えられている。大量の星がスーパーノヴァ爆発現象を起こすことでブラックホールになるが、この爆発現象が非対称に起こるために、宇宙船の打ち上げのように、爆風とは逆方向に対してブラックホールが推進力をもつようになり、独自に浮遊するブラックホール天体になると考えられている。

 

 ブラックホールはそれ自体が可視光を出さないために、天体望遠鏡で可視光による観測を行うことができない。しかしブラックホールは強い重力で空間を曲げる性質があり、背景にある星の光はその曲がった空間に沿って観測者に届くことになる。これは一般相対性理論でも証明されている事実であり、重力レンズ効果と呼ばれるが、さらにこの曲がった光が増光現象を起こすこともあり、これは重力マイクロレンズ効果と呼ばれる。ブラックホールによって曲がった空間を通る背景星の光は、通常の星の光に比べておよそ200日ほど地球上の観測者に届くまでに時間がかかる。

 

 今回研究チームは数年に及び重力マイクロレンズ効果によって曲がった光の軌道を捉えたハッブル宇宙望遠鏡のデータを用いて、重力レンズ効果によるブラックホールの発見を目指すこととした。Kailash Sahu氏(宇宙望遠鏡科学研究所・アメリカのメリーランド州・バルチモア)が率いるチームとCasey Lam氏(カリフォルニア大学)が率いるチームがそれぞれ研究を行った結果、いて・りゅうこつ腕(Carina-Sagittarius spiral arm)と呼ばれる星形成領域において浮遊するブラックホール(地球からおよそ5000光年離れた場所)を発見するとともに、そのブラックホールの質量を特定することに成功した。ブラックホールの質量の見解が2つのチームで異なるものの、このブラックホールが恒星質量ブラックホールであることがわかったと伝えている。重力レンズ効果を起こす重力レンズ天体(今回でいえばブラックホール)の質量を特定するためには、ブラックホールで曲がった空間を通過する背景星の光がどれだけ曲げられたかを調べればよい。ハッブル宇宙望遠鏡の画像はとても精度が高いために、ミリ秒角まで調べることができる。この方法によってSahu氏が率いるチームはレンズ天体であるブラックホールが太陽質量のおよそ7倍であると見積もった。またLam氏が率いるチームはレンズ天体の質量が1.6~4.4倍であると見積もった。ただしLam氏が率いるチームはレンズ天体質量が太陽質量の1.6倍付近ではレンズ天体が中性子星であることを示し、4.4倍付近であればレンズ天体がブラックホールであることを示すとしており、レンズ天体がブラックホールであると断言していない。Lam氏は「いずれにせよ天の川銀河において伴星を持たない浮遊する目に見えないレンズ天体が初めて見つかった」と今回の研究成果の意義についてコメントしている。

 

 また光の曲がり具合を調べることで、ブラックホールの大きさ、速度を調べることも可能であるとしている。Sahu氏が率いるチームによれば、今回見つかったブラックホールは時速16万kmほどであるとしている。これは地球から月まで3時間以内に行けるほどの速さであるが、いて・りゅうこつ腕星形成領域付近において最も速い速度を持つ天体であるとしている。

 

 今回の研究によって伴星を持たない浮遊する恒星質量ブラックホールが見つかったが、そもそも恒星質量ブラックホール自体は1970年からその存在が知られていた。これまでにブラックホール質量を特定する方法としては、恒星質量ブラックホールが連星系を成している場合に限られ、連星の軌道から質量を求める方法や、伴星からブラックホールに流れてくるガスが温められてX線が放射されるためにそのX線量を調べることでブラックホール自体の質量を求める方法がある。このX線量を測る方法ではX線を放射する数十個のブラックホールの質量が特定されているが、それらの質量は5~20太陽質量ほどである。また重力波によってブラックホール連星が発見されているが、その質量は90太陽質量である。つまり今回のように重力マイクロレンズ効果を用いた方法でなければ、恒星質量ブラックホールを見つけることが難しいともいえるであろう。

 

 

( C ) NASA, ESA, K. Sahu (STScI), J. DePasquale (STScI)

ハッブル宇宙望遠鏡によって捉えられた天の川銀河中心付近の様子。下に示す4つの写真は重力マイクロレンズ効果によってどのように光の強さが変わるかを示している。2011年8月8日に光が強くなっているが、これは星の前にレンズ天体であるブラックホールが通過したためである。それ以降は徐々に光が弱くなる。