回転速度が弱められた大質量ブラックホールの姿が明らかに

7月6日

 

 

 ケンブリッジ大学天文学研究所のJulia Sisk-Reynes氏を中心とする研究チームは6月30日、チャンドラX線望遠鏡のX線観測により、地球からりゅう座方向およそ34億光年離れた銀河団内にあるH1821+643と呼ばれるクウェーサー天体を観測した結果、その内部にある30億~300億太陽質量程度の大質量ブラックホールの回転速度が、それよりも小さい程度のブラックホール(100万~1000万太陽質量)の一般的な回転速度のおよそ半分程度であることが判明したと発表した。スピンパラメーター(角運動量により決まる値)は0.62ほどであり、研究チームは、H1821+643内のブラックホールが他の大質量ブラックホールとの衝突、もしくは降着円盤が崩壊した際のランダムな動きをするガスの流入によって、回転速度が弱められた可能性があると指摘している。今回の研究成果は、宇宙に存在する大質量ブラックホールがどのようにして成長するかのヒントを与えるとともに、EHTプロジェクトによってブラックホールシャドウが観測されたM87中心にある大質量ブラックホールのスピンの性質を知るうえでも重要な成果であるとしている。

 

 大質量ブラックホールは太陽質量のおよそ数百万~数十億倍ほどの質量を持つブラックホールのことであり、ほとんどの巨大銀河の中心には大質量ブラックホールがあると考えられている。ブラックホールはその質量とスピンによって特徴づけられるが、これらの量を正確に測るのはとても難しいことである。

 

 今回研究チームは大質量ブラックホールのスピンに着目し、チャンドラX線望遠鏡を用いて地球からりゅう座方向およそ34億光年離れた銀河団内にあるH1821+643と呼ばれるクウェーサー天体を観測することとした。大質量ブラックホールは強い重力を持ち、まわりの降着円盤からガスを引き込もうとする。このとき大質量ブラックホールが回転運動を行い、角運動量輸送を行っていると、ガスがブラックホール中心に向けて流入する。そうしてブラックホールからX線が放射される。つまり観測されるX線の量が多いほど、ブラックホールが回転していることになる。実際に観測を行った結果、太陽質量の30億~300億倍程度の質量を持つH1821+643内の大質量ブラックホールの回転速度が、100万~1000万太陽質量程度の大質量ブラックホールの回転速度のおよそ半分程度であることが判明した。

 

 ここでなぜH1821+643内の大質量ブラックホールの回転速度が遅いのかという疑問が生じる。研究チームは大質量ブラックホールがどのように成長し、進化してきたのかが回転速度の遅さを説明する鍵を握ると考えた。そしてこの大質量ブラックホールが他の大質量ブラックホールと衝突、もしくはまわりの降着円盤が崩壊した際に、ランダムな動きをするガスの流入によって回転速度が弱められた可能性があると推測した。この考察を用いると、大質量ブラックホールよりも小さなブラックホールにおいて、まわりの降着円盤が安定状態にあれば、安定したガスの供給があり、光速になるまで回転速度が上がる可能性もあると指摘している。研究チームの一人であるケンブリッジ大学天文学研究所のJames Matthews氏は「今回研究対象となった大質量ブラックホールの回転速度の遅さが、宇宙の他の大質量ブラックホールにおける激しさやカオス的な動きの証拠になるかもしれない。そして今回の研究成果は、天の川銀河中心にある大質量ブラックホールが将来アンドロメダ銀河や他の銀河と衝突した際に何が起こるのかヒントを与えてくれる」とコメントしている。

 

 

( C ) X-ray: NASA/CXC/Univ. of Cambridge/J. Sisk-Reynés et al.; Radio: NSF/NRAO/VLA; Optical: PanSTARRS.

X線、電波、可視光によって観測されたH1821+643クウェーサーの合成画像。