宇宙初期の銀河団において銀河団ガスが広がる様子を捉えた

4月12日

 

 

 

図1 ( C ) ESO/Di Mascolo et al.; HST: H. Ford.

アルマ望遠鏡によって捉えられたクモの巣銀河(MRC 1138-262)まわりの銀河団ガスの様子が、青色の領域で示されている。クモの巣銀河とそのまわりの銀河によって銀河団を形成している様子が写真真ん中に写っているが、この銀河団の質量は高温ガスが大部分を占めている。銀河団ガスはスニヤエフ・ゼルドビッチ効果を用いて、その領域が示されるとともに、温度、質量の見積もりが行われた。

 

 トリエステ大学(イタリア)のLuca Di Mascolo氏を中心とする研究グループは3月29日、アルマ望遠鏡を用いた観測により、地球から遠く離れた場所にあるクモの巣銀河団中において、大量の高温な銀河団ガスが広がっている様子を捉えることに成功したと発表した(図1)。この銀河団は地球からとても遠く離れた所にあり、写真は宇宙誕生後30億年という比較的宇宙初期において形成途中にある銀河団の姿を表している。今回発見された高温ガスの構造は、これまで発見されたものの中で最も地球から遠くに位置するガスの構造であることになる。さらにこの銀河団では、これまでに星の材料となる冷たいガスの様子しか捉えられていなかったが、高温の銀河団ガスがその数千倍程度あることが確認されたことから、クモの巣銀河団が今後10億年間において10倍程度の巨大な銀河団に成長していくことが予想されるとしている。

 

 銀河団はたくさんの銀河が集まったものであるが、ときには数千を超えるほどの銀河が集まった銀河団となる。銀河団の間には銀河団ガス(*注1)と呼ばれるものが広がっており、銀河団質量の大部分を占めている。また銀河団はとても質量が重く強大な重力が存在するため、銀河団ガスが中心に向かって集まり、加熱されやすい状態となることが理論的に予測されていた。このように銀河団内の物理学については研究者の間で研究がかなり進んでおり理解もされつつあるが、銀河団形成初期における銀河団ガスの構造については観測が進んでいないがために、研究があまり進んでいなかった。

 

 今回研究チームは銀河団の構造の理解を進めるべく、高精度なアルマ望遠鏡による観測を進めた結果、宇宙初期のクモの巣原始銀河団における高温の銀河団ガスを発見することに成功した。観測するにあたっては、スニヤエフ・ゼルドビッチ効果(*注1)を利用しており、宇宙マイクロ波背景放射が影としてみえる部分に高温ガスが存在しており(図1)、温度は数千万℃程度であるとしている。またかつてこの銀河団においては星の材料ともなる冷たいガスが発見されていたが、高温ガスは冷たいガスの数千倍程度の質量があることが今回の観測で判明した。共同研究者であるTony Mroczkowski(ESO)は「高温ガスは銀河団が成長するにつれて、冷たいガスを破壊していく。今回の観測では、ちょうどその冷たいガスが破壊されていく過程をみているところであり、重力的に束縛された天体の形成過程の理論モデルが正しいかどうかを確かめるために重要な観測結果となる」とコメントしている。またこの銀河団が100億年後に10倍以上の質量となり、巨大銀河団に発展することになるだろうと研究チームは予測している。またこの原始銀河団は将来的にばらばらになる確率は低く、銀河団としての形状を長く保ち続けるだろうと予測している。

 

 今回原始銀河団における銀河団ガスが発見されたことによって、銀河団の形成初期において、銀河団がどのように成長していったかを理解することが可能であるとしている。共同研究者のElena Rasia氏(INAF(イタリア・トリエステ))は「このような原始銀河団における銀河団ガスの存在などを確かめるために、コンピュータ・シミュレーションによる研究が行われてきたが、実際の観測ではその様子を捉えることができていなかった。今回の観測結果をよく確かめることで、宇宙初期における原始銀河団の候補天体の発見にもつなげられる」とコメントしている。また将来稼働予定のELT望遠鏡とアルマ望遠鏡による観測によって、クモの巣銀河団のさらなる詳細な姿を観測が行われ、その形成過程の理解が進むとともに、クモの巣銀河団のような宇宙初期における他の原始銀河団の構造の理解にもつなげられることが期待されるとしている。

 

*注1 銀河団ガスは銀河団内部に広がる数千万度から1億度の高温ガス。ガスは電離状態にあり、X線を放射している。銀河団ガスは銀河団の全バリオンの約8割(質量比)を担っており、星は残り2割に過ぎない。銀河団ガスは、主にダークマターで決まる重力とガス自身の圧力勾配とがつり合って(静水圧平衡)、安定した形状にある。銀河団に大量の高温ガスがあることがわかったのは1971-72年で、X線天文学の歴史で特に重要な発見とされる。銀河団ガスを通過する宇宙マイクロ波背景放射は、電子から逆コンプトン散乱によりエネルギーを受け取ってスペクトルを変形させる。これをスニヤエフ・ゼルドビッチ効果という。銀河団ガスは、銀河団内を動き回る銀河に動圧を及ぼして銀河からガスをはぎ取り、環境効果の一因になることがある。銀河団ガスには鉄や酸素などの重元素が大量に存在する。これらの多くは、銀河の中の星(主として超新星)によって作られた重元素が銀河風やガスのはぎ取りによって銀河団内にばらまかれたものであると考えられる。銀河団の中心部はガスの密度が高いため放射冷却がよく効いて、大量の冷たいガスの流れ(冷却流)が生じるはずだが、観測される冷たいガスはずっと少ない。これは冷却流問題と呼ばれる未解決の問題である。