3月3日  

 

 国立天文台は2月26日、国立天文台、東京大学などからなる研究チームが、すばる望遠鏡搭載の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam ( HSC )による観測データから、重力レンズ効果の解析に基づく史上最高の広さと解像度を持つダークマター地図を作成したと発表した。またダークマター地図からダークマターの塊の数を調べたところ、最も単純な加速膨張宇宙モデルでは宇宙膨張を説明できない可能性があることを見出した。これは加速膨張宇宙の謎を解き明かす上で新たな知見をもたらす成果であるとしている。

 

 宇宙膨張は1930年代にエドウィン・ハッブルらによって発見され、宇宙は静止しているのではなく運動していることが示された。その運動を記述するための方程式は、アインシュタインによる相対性理論から様々な仮定を取り入れて導き出されたフリードマン方程式が有名である。この方程式は膨張する空間とその空間内にある重力の関係を記述したものである。宇宙膨張の速さは年齢と共に重力効果により減速しているだろうと発見当初は考えられていた。しかし1990年台後半に、数 10 億年くらい前のある時期から膨張が加速に転じていることが遠方の超新星の観測から発見された。これは単純に物質と重力だけを考えているだけでは観測された加速膨張宇宙が説明できず、斥力 (相互を遠ざけるように働く力) を生じるような「何か」を導入しなければならなくなったのである。この斥力に対応するものとして宇宙定数と呼ばれる定数が導入されたが、未だに宇宙定数の物理的意味は理解されていない。

 このような背景のもと、加速膨張宇宙の謎を解き明かすことを主目的として、国立天文台、東京大学を始めとする研究チームは、すばる望遠鏡搭載の超広視野主焦点カメラHSC を用いた大規模な深宇宙撮像探査観測を進めている。

 ところで、宇宙のごく初期では物質分布はほぼ均一であったが、わずかな密度ムラがのちに重力相互作用で成長し、「宇宙の大規模構造」と呼ばれる網の目状の物質分布に進化してきたことが知られている。大規模構造が進化する速度は宇宙膨張の歴史と強い関係にある。例えば宇宙膨張が速ければ物質はなかなか集まれず、大規模構造の進化は遅くなることが挙げられる。この大規模構造進化の観測から逆に宇宙膨張史に迫れることに研究チームは注目し、観測を進めている。

 

 今回研究チームは、ダークマターが引き起こす「重力レンズ効果」を利用して、ダークマター分布の地図をつくりあげた。2016年4月までに HSC で観測されたデータ (計画全体の約 16%) を解析し、かつてない広さと解像度を持つ新たなダークマター地図を作成することに成功。160 平方度に渡る広範囲かつシャープな画像には 2000 万個以上の銀河が写っており、重力レンズ解析からダークマターの2次元分布を推定した(画像1)。

 

 また研究チームは、作成した地図からダークマターの塊の個数やそれぞれの質量を計測した。これが宇宙の大規模構造の進化速度の指標になるのである。観測されたダークマターの塊の個数 (縦軸) とその重力レンズ信号の強度 (横軸) の関係が、画像2のヒストグラムに示されている。これを、最新のプランク衛星による宇宙マイクロ波放射の観測結果と標準的な LCDM (宇宙定数を加味したもっとも単純な宇宙モデル )を組み合わせた理論予想値 (赤線) と比較したところ、今回の HSC による観測結果が理論予想値を一定の有意度で下回っていることがわかった。これは斥力を発するダークエネルギーが、ダークマターの重力による集まり方を遅くし、塊を少なくするというダークエネルギーモデルを裏付ける証拠となりうる。

 

 研究チームは今後の抱負として次のようにコメント。「まず今回の研究成果は観測計画全体の 16% のデータに基づくものであるため、まだピークのサンプル数が少なく誤差がやや大きいことに注意しなければならない。銀河形状の2点相関関数を用いた、より詳しい解析を現在行っている。またプランク衛星の観測結果も今後更新される可能性があり、データの食い違いをより高い優位度で検証するためにさらなる観測の進捗が必要である。」

 

画像1 ダークマター地図

(C)国立天文台/東京大学

HSC の銀河の形状から弱重力レンズ効果を利用して再構成した、ダークマターの2次元分布図。濃い部分がダークマターのかたまりが観測された場所を表す。今回観測された 160 平方度のうち、約 30 平方度の連続した領域を示している。特にダークマターが集中している場所をオレンジの丸で示している。

 

画像2

 

(C) 国立天文台/東京大学

HSC のデータに基づいて作成したダークマター地図から計測したダークマターの塊の個数とそれぞれの質量の関係 (ヒストグラム) と、最新のプランク衛星による宇宙マイクロ波放射の観測結果と標準的な LCDM を組み合わせた理論予想値 (赤線) との比較。

 

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