天の川銀河中心にある巨大ブラックホールシャドウの撮像に成功

5月14日

 

 

 

図1 ( C) X-RAY&INFRARED: NASA/HST 、RADIO:EHT Collaboration

右上の画像が天の川銀河中心にある巨大ブラックホールシャドウの姿。EHTと呼ばれる8つの電波望遠鏡を用いて地球サイズの仮想的な望遠鏡が作られたが、その望遠鏡によって得られたデータを平均化した画像である。X-RAY&INFRAREDの画像は、チャンドラX線望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡によって捉えられた、いて座A*まわりの様子。今回の銀河中心における巨大ブラックホールシャドウの撮像においては、チャンドラX線望遠鏡、ハッブル宇宙望遠鏡のデータも役に立った。青い部分はチャンドラX線望遠鏡によって捉えられたX線分布図。巨大ブラックホール周りの星から放たれるホットガスがあることを示している。オレンジ色と紫色の部分はハッブル宇宙望遠鏡によって捉えられた異なる赤外線によって捉えられた分布であるが、それぞれ星(オレンジ色)、冷たいガス(紫色)が存在することを示している。

 

 国際研究チーム「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーション」は5月12日、地球規模の電波望遠鏡ネットワークを使って、私たちが住む天の川銀河の中心にある巨大ブラックホールシャドウの撮影に初めて成功したと発表した(図1)。シャドウの部分に光を吸収して逃がさないブラックホールが存在し、そのまわりの光は、ブラックホールの強力な重力によって曲げられたまわりのガスなどの光が観測されたものである。これまで銀河中心にあるコンパクト天体の電波源「いて座A*」が巨大ブラックホールであると予想されていたが、このことを証明する直接的な証拠となったとしている。2019年4月10日には同研究チームによって、おとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心に位置する巨大ブラックホールシャドウの観測に成功しており、それ以来の巨大ブラックホールシャドウの撮像となる。

 

 天の川銀河の中心にある電波源「いて座A*」は、周辺の星々の運動の様子からコンパクトで大質量な天体が存在していることが発見され、2020年のノーベル物理学賞受賞につながった天体である。このコンパクトな天体は、太陽の約400万倍の質量をもつ巨大ブラックホールと考えられていた。そのため「いて座A*」を直接観測することが、天の川銀河中心の巨大ブラックホールの有無を確かめることができる有効な手段であった。しかし、いて座A∗の観測には、銀河系内に存在する星間ガスによる散乱によって天体の電波画像がぼやけてしまう問題が知られていた。

 

 いて座A*は地球から約2万7000光年の距離にあり、その見かけの大きさは月の上のドーナツ(直径8cm程度)ほどの大きさしかない。これを撮影するため、研究チームは世界各地の8つの電波望遠鏡を結んだEHTと呼ばれる観測ネットワークを作り、地球サイズの望遠鏡を仮想的に作り上げた。2017年にEHTはいて座A*を複数晩に渡って観測し、カメラで長時間露光するように何時間もかけてデータを取得した。その際にはNASAのチャンドラX線望遠鏡によるX線データと赤外線画像のデータが大いに役に立ったとしている(図1)。

 

 そして研究チームがこれらの観測によって得られたデータを5年に渡って解析した結果、図1のようなブラックホールシャドウの姿を捉えることに成功した。イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)のプロジェクトサイエンティストであるジェフェリー・バウワー氏(台湾中央研究院天文及天文物理研究所)は「リングの大きさがアインシュタインの一般相対性理論の予言と非常によく一致していることに衝撃をうけています。この前人未到の観測によって私たちの天の川銀河の中心での現象に対する理解は大きく進展し、このような巨大ブラックホールが周囲とどのように相互作用するかについての新しい知見が得られました」とコメントしている。

 

 またデータの解析の結果、天の川銀河のブラックホールはM87の巨大ブラックホールと比べて1000分の1以下の質量であるが、2つのブラックホールの見た目は非常によく似ていることもわかった。「大きく異なる2つの銀河に存在する全く異なる質量の別々のブラックホールですが、これらのブラックホールのごく近傍だけに注目してみると、驚くほど似たように見えるのです。これは、ブラックホールのごく近傍は一般相対性理論が支配しており、そこから遠くに離れた際に見られる違いはブラックホール周囲の物質の違いであることを意味しています」と、セラ・マルコフ氏(EHT科学諮問委員会議長の一人、オランダ・アムステルダム大学理論天体物理学教授)はコメントしている。

 

 いて座A*はM87の巨大ブラックホールよりもはるかに近い距離にあるが、今回の成果の達成にはM87の場合よりもはるかに困難を極めたとしている。「いて座A*もM87巨大ブラックホールも周りにあるガスはほとんど光速に近い同じ速度で運動します。しかし、大きなM87ブラックホールの周囲をガスが一周するには数日から数週間を必要とするのに対し、遥かに小さないて座A*ではわずか数分しかかかりません。これはいて座A*周囲のガスの明るさや模様が、EHTが観測している最中に激しく変化することを意味しています。それはまるで、自分の尻尾を素早く追いかける子犬の鮮明な写真を撮ろうとするようなものです」と、EHTの研究者であるチークワン・チャン氏(アリゾナ大学スチュワード天文台、天文学科、データサイエンス研究所)はコメントしている。このような画像化の困難さがあるため、観測データから得たさまざまな画像を平均することで、今回のブラックホールシャドウの画像が得られたとしている。

 

 今回の研究成果により2019年4月に公開されたM87の巨大ブラックホールシャドウの画像と併せて2つの巨大ブラックホールを比較・対比する機会が得られることとなった。既にこの新たなデータを用いて、巨大ブラックホール周りでのガスの振る舞いに関する理論やモデルの更なる検証が始められている。まだ完全には理解されていないこうしたガスの振る舞いは、銀河の形成と進化において重要な役割を果たしていると考えられている。EHTの研究者である浅田圭一氏(台湾中央研究院天文及天文物理研究所)は「私たちは2つのブラックホールの画像を得ましたが、ひとつはこの宇宙に存在する巨大ブラックホールの中で最大級であり、もうひとつは最も小さい部類のものです。それ故、このような極限環境で重力がどのように振る舞うかを、よりたくさんの方法で検証することが可能になるのです」と今後の期待についてコメントしている。また現在もEHTの観測ネットワークは拡大し、観測技術も大きく発展し続けており、さらに素晴らしい画像やブラックホールの動画を近い将来公開できるとしている。

 

今回のニュースについて以下のニュースも参照

2019年4月17日(水)・・・電波観測でブラックホールシャドウの撮影に成功

2022年2月26日(土)・・・いて座A*の詳細な構造が明らかになった